お引っ越し

また一からのスタート。年々、新しいことが億劫になっていくわ。
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たぶんシッポが生えている

ケツが痛い。

すっかり春めいてきました。最強寒波襲来だとかイロイロ言われていましたけれど、結局うちではこの冬、いちども氷が張りませんでした。

ケツが痛い。

一気に花粉が飛散しだしたようで、夫がぐすぐすやってますが、わたしは花粉症を患っていませんのでへっちゃらです。

しかしケツが痛い。

花粉症以外でも夫は文句というか、不具合に対する訴えが多いです。
数年前から五十肩を発症し、「肩が痛い」「無理、これ以上腕が上がらん」「腰も痛い」「寝違えたみたいで首が痛い」「サロンパス貼ってくれ」てな具合です。

腰じゃないんです。ケツが痛いんです。

そんな夫が先日、切れてしまった玄関灯を交換するため脚立に上りました。
中の球を換えるためには半透明のガラスの覆いを外さなければなりません。「おお、肩が痛い」「力が入らん」と言いつつ奮闘すること数分間。
新しい電球を手に、脚立を押さえるフリをしているわたしに「動かん」「硬い」「痛い」とブツブツ言いながら更に数分。
「誰がこんなにキツう閉めたがな!」と反ギレの声ののち、「……俺や」とションボリ。そして「いかん、無理や。俺できんわ」ということで、その日は撤収することにしました。
「また土日にでもゆっくり挑戦してみるといいよ」とわたし。(電球換える以外に家でできる仕事なんてないでしょうよ)というのは心の声。

筋肉じゃなくて、もっと中心のほう。

そうして迎えた土曜日。毎週五十肩のリハビリに通っている夫ですが、珍しくそのずいぶん前から目覚ましをセットして起きてきたなぁと思ってたら、朝ごはんたべてすぐに着替えて「ほな行ってくるわ」と部屋から出ていきました。
やけに早いねと思っていたら下からガタゴト音がします。どうやら玄関灯相手にリベンジしているようです。よほど悔しかったみたいですね。

なんていうか、背骨の終着点のあたりなんです。

しかもこっそり援軍を呼んでいたらしく、人の声が。
なんでも会社で仲の良いひとに手伝ってもらうよう話をつけていたらしいです。降りていって挨拶くらいすべきかと思いつつ聞こえないフリで耳を澄ませるわたし。
けど外の、しかも一階の玄関先ということもあって内容までは聞き取れません。
そうこうしているとエンジン音の去るのが聞こえました。

だから座ってたらもちろん痛いし、立っていても痛い。

すぐに夫が二階に上がってきました。「電球、換えれたぞ!」めっちゃうれしそう。達成感MAXといった感じ。
「あら~、よかったねぇ。役立たずにならずに済んだねぇ」と言うと、
「おうよ!」と、やっぱりうれしそう。そこで「手伝ってもらったん?」と聞くと、「そのつもりで頼んじょったけど、もう一回自分でやってみたら外れたき、急いでヨッちゃん(←会社のひと)に電話したけど、もう近くまで来ちゅう言うき、ほなちょっとダベッていきやって、話して帰ったがよ」ですって。

歩くのも痛いし、かがむのは拷問。

その後いつものリハビリに行き、ついでに耳鼻科にも行ってくると揚々と出かけた夫ですが、耳鼻科はお休みだったらしくガッカリして戻ってきました。
それから首の後ろにサロンパス貼りたいけど届かないと悪戦苦闘したあげく、ペロンと半分剥がれた状態でわたしのところに寄ってきます。「ここ、ここんところが痛いがよ」と言いながら残りの半分を貼り付けてくれと催促。「ああ、ついでに腰へも貼ってくれん? この、ここのところ。ここが痛い」

けど病院行くのは億劫なのでネットで検索。

ひととおり全てにサロンパスを貼りつくし、ひとまず満足した様子の夫は、おもむろにゲームを開きながら「花粉症のせいで集中できん」とぼやき始めます。そして、花粉症がいかにツライかの説明を始めます。

おんなじ症状発見!

しんどそうにグズグズするわりに、夫は自己防衛の手段を怠ります。マスクなしでウロウロするし、しんどい言いながらも「飲めば?」ってわたしが言うまで花粉症の薬を飲まなかったり。「早めにドーピングしとけば、もうちょっと楽なんと違うの」と、これは毎年言っている気がします。「そうながよ~」と納得しつつ、結局は言われてから飲むのもまた、毎年のこと。
ひととおりしんどさをアピールしとかないといけないと考えているとしか思えないです。

座骨神経痛ですって。ああ、座骨。そうよ、そんな感じよ。ケツじゃなくて座骨!

痛い、しんどいっていうのは、誰かに訴えると楽になるってもんでもないですよね? 
ましてや、訴えられるほうがハッピーになれるってもんでもないですよね。
それなのにどうして毎回様々な症状を事細かに訴えてくるのか、理解に苦しみます。だいたいにおいて男は痛みに弱いというのはよく耳にしますけれど、痛みに強いから痛くないというわけではないので女も痛いのです。ただ言わないだけ。

特に治療法はないんですって。ということは、我慢しとけばいいってことですね。

よかったです。黙って我慢しときます。

だけど屈もうとするたびに、シッポが生えてこようとしているとしか思えないような痛みがあります。

これは、誰かに伝えてみたいです。




高頻度・遅刻しそうで焦る夢

乗り物に遅れそうになる夢をよく見ます。
飛行機の場合が多く、どうしても空港まで辿り着けないとか、空港まで辿り着いているのに搭乗口がわからないとかで、焦って走り回っているような夢です。
実際にはどんなときでも時間に余裕を持って到着するようにしているので遅れたことなんかないのに。

昨日は空港まで行けませんでした。途中で工事をしていて、そこを迂回しようとしたところ飛び出してきた宇宙船に攻撃されたからです。これは不可抗力やわと思いつつも必死で空港を目指していたわたし。
考えてみればそんな状況であれば飛行機も欠航になっているでしょうにね。

それでも夢の中では真剣だし必死で間に合わせようとするので、起きたときにぐったり疲れています。

基本的に占いの類は信じないのですが、何度も見る夢に関しては占い云々というより深層心理の問題だろうからと、ちょびっと興味を持って調べたりしてみます。

乗り物に遅れる夢は、チャンスを逃す前兆だそうです。
いややわ。
でも列車編と飛行機編があって、主に飛行機に遅れそうになる場合は「願望やアイディアが実行できないのではないかと、あなたが不安を感じている可能性があります」なのだそうです。「日々の忙しさに追われて大きな夢のために時間を割けず、あなたが焦っている状態を示唆しています」ですって。いや、時間はあるんですけどね。

別バージョンとして、学校や職場に遅れそうになるものもあります。結局のところ総合的な解釈として、「遅刻や時間に間に合わない夢・乗り物に遅れる夢=社会においてきぼりにされる不安」という図式が成り立つようです。
妙に納得。

三十歳で仕事を辞めてから、気づけば十数年ものあいだ無職の生活を続けています。その間、賞金頂いたり下読みさせてもらったりはしていますけれど、今さら社会復帰は難しいかもなぁっていう気持ちはあります。自分のお仕事スキルがどの程度まで下がってしまっているのか、確認する勇気はありません。たぶん対人スキルもかなり下がっていると思われます。(あ、わたし、ひとあたりはいいですよ。それが自分へのストレスとなって跳ね返ってくるだけで)

けど同時に、気づけば十数年ものあいだ、せっせと書き続けているのですよね。飽きもせず、倦みもせず。だからたぶん、これだったら仕事にできるんだと思います。この分野だったら大丈夫なんだと思います。
これならできるって思えるものがあるって、心強いです。

四騎の会プロジェクト第二弾も本格的にスタートしました。
合わせて個人的にも書き進めています。これしかできないのなら、せっせと書くしかないですね。

ちなみにわたし元旦に、四騎の会メンバーで再び授賞式壇上に立つ夢を見ました。
この夢の意味するところは夢占い・夢判断などに頼らず、自分の都合の良いように解釈して、ひっそりと心の奥に仕舞っておこうと思います。


今日はやけに暖かいです。モモ・ロタウと散歩に行く公園も先週辺りから梅(ですよね?)が咲き始めました。なんか今日はいいにおいもしていました。

そんでもって散歩から戻ってからいつものように玄関先で一服してるとき、ふと目に入った言葉に眉をひそめました。意味がわからんのです。
自転車の横に置いてあるRVボックスに書かれている言葉。

「コンパクトカーやハイブリッドカーにも最適です」

ん? なにが言いたいんだろう。コンパクトカーや軽自動車にも、とかいうのならわかります。ああ、小さいスペースにも置けるのね、と。けど、ハイブリッドカーにも、ってどういうことなんだろう。

こういうちょっとした物に書かれているちょっとした言葉に引っかかること、ありませんか?
洗面所に置いてある除光液のボトルも、見るたびに心の中でツッコミ入れてます。

「コットンに含ませて拭き取るだけで落ちる!」

……ほかにすること、ある?

そんな気になる言葉を採用したひとたちにその真意を問える機会があればいいのになぁって思います。


冠婚葬祭

お正月気分もすっかり抜け、時間割通りの毎日を過ごしています。

先週は子どもが帰省していました。けど夜の9時頃に高知駅着のバスで帰ってきて翌々日の昼前にはまた駅まで送っていかなければならないという弾丸帰省。どの日も夜ごはんはいらないということで、2泊3日朝食付き。これはもう、実家という名のホテルですね。

昨年秋にあった教育実習で、実習先の学校にいた先生が結婚するとかで招待してもらえたんだとか。親戚以外の結婚式に行くのは初めてだとヨロコンデいました。同時期に実習をしていたひとも東京から駆けつけていましたので、2人ともうちの夫が式場まで送っていました。

結婚式。考えてみたらわたしも、数年前に同い年の従兄弟が結婚したときに招待されて以来、誰にも呼んでもらっていません。というか、もう誰も結婚しなくなりました。(まだ未婚の友だちもいるし、バツイチの勲章掲げてるひともいるんですけど、もう結婚式はしそうにないです)
そういえば、お葬式もないなぁ。誰も死ななくなりました。(もちろんまだ生き残っているひとはたくさんいます)

わたしの年代って、ちょうど冠婚葬祭から遠ざかるころなのかもしれません。でもって、これから先は結婚式ではなくお葬式がメインになってくるんだろうなぁ。やっぱり、行くのなら結婚式のほうがいいです。誰か結婚してくれないかな。

結婚式を終えて帰宅した子どもが、「めっちゃおもしろかったし、めっちゃオシャレやった!」とコーフンしながら、引き出物や、テーブルからもらってきたのであろう小さな花束を見せてくれました。
式場の感じとか、どんな演出があったとか、お料理が美味しかったとか。
最近行ってないのでわかりませんが、確かにCMなんかでも結婚式オシャレになったよなぁって感じます。
わたしもそんなオシャレな結婚式、したいです。(呼ばれたいじゃなくて、したいっていうところがかなり図々しい)

わたし自身の結婚式も、そのときはそれなりに立派なもんだと思ってたんですけど、定番だったもんなぁ。おまけに結婚が比較的早かったので、友だちの結婚式を見て研究してからっていうのができなかったし、そもそも結婚式にそれほど意欲的だったわけじゃなかったので、今思えばもったいないことだよ、と。まあもう昔のことです。(ちなみにうちは今年銀婚式ですわ)

実際的にこれからゆっくり考えることができて、実践できるかもっていうのはお葬式のほうですね。
お墓はいりません。戒名も読経も不要。樹木葬なんか理想的だわと、樹木葬の広告を切り抜いて冷蔵庫に貼り付けています。「あたしが死んだらこれにして」と。まあ、夫より先に死ぬつもりはありませんけれど。

葬儀の形も今はイロイロみたいですね。それでいいと思います。

で、結局今回の結婚式で子どもに新しい服を買うことになりまして、式当日の昼間に大急ぎで買いにいったんです。紺色の、シンプルなワンピースにレース地の羽織り物を合わせて。
これ、わたしでも着られるよな、と。
「次に授賞式呼んでもらえたら、これ貸してね」と言ってあります。あとはどこかがわたしを授賞式に呼んでくれるのを待つだけ。準備は万端です。どうぞよろしくお願いします。

ついでに新年会

あけましておめでとうございます。
今日から夫も仕事が始まって、やっと日常に戻れた感じです。今年は子どもが帰省せず、静かな静かなお正月でした。
「キタシュー(←彼氏)も帰省せんって言いゆうし、こっちに残る友だちも多いき、みんなで年越しするわ」ですって。そりゃ楽しいでしょうよ。

でもまあ、わたしはわたしで新年のお楽しみがありました。
昨年11月に完了した四騎の会プロジェクトの完成会をしたいねという話が持ち上がっていまして、なら新年会も兼ねて集まろうということになっていたのです。
理由なんてどうでもいいの。ただみんなで集まりたいだけ(笑)

ということで、大阪と高知のだいたい中間地点である徳島で完成会&新年会をしてきました。年明けて4日・5日の一泊旅行です。
残念なことにF氏は都合がつかず欠席となりまして、M氏、H氏、わたしの3人でしたが、やっぱりめっちゃ楽しかったです。

昼前に各々現地入りして合流。まずは徳島ラーメンを食べてから眉山へ。
数年前の徳島夏合宿のときには乗らなかったロープウェイでてっぺんまで上がってきました。そこでちょびっと話し合い。
もちろん四騎の会プロジェクト第二弾についての話し合いです。
いつもFBのメッセンジャーを通してグループラインみたいな状態でやりとりしているのですが、やはり直に会って意見を出し合うと違いますね。

下山してホテルチェックインまで時間があるので駅ビルのカフェに入ってまた話し合い。
第一弾は手探りだったこともあり、完成まで二年もかかってしまったので、今回は一年で完成させようと気合い入ってます。

けどずーっとその話し合いばかりしているわけじゃなくて、チェックインすませて居酒屋に移って乾杯したら話題は様々に飛び散らかします。おもろいです。
今回はホテルの部屋でも話がしやすいようにと、M氏とH氏は同室で和室を押さえていましたので、居酒屋出たらコンビニで各自飲み物やツマミを購入し、2人の部屋にわたしがお邪魔するかたちでお喋り続行。このあたりになると内容はもうてんでバラバラ。けど合間にちゃんとプロジェクト関連のものも嵌まってたりして。

翌日は徳島県立博物館へ行って来ました。
本当は阿南の廃墟カフェへ行きたかったのですが、ここも高知と同じくJRのアクセス死んでますので時間が合わず断念しました。
ついでに言うと商店街も死んでたなぁ。頑張れ徳島。

四騎の会のおかげであちこち旅行する機会が多くなりましたけれど、地方の商店街・アーケード街はどこも厳しい感じですね。わたし自身も路面店上がりだし、個人的に路面店のほうがおもしろい品物に出会えるような気がするんですけどね。いわゆる五大都市以外はもう、にぎわう、というふうにはなれないのかな。まあ人口比率の問題もあるのでしゃあないっていうのもあるのでしょうけれど。頑張れ路面店。

でもって博物館で、けっこうみっちり鑑賞して楽しんで、寒くて誰もいない屋外展示場では貸し切りなのをいいことに彫像相手のパフォーマンスで大笑いしたりして。
道中にM氏がしみじみとした口調で「四騎の会のおかげで人生が充実してる」みたいな発言をしてH氏にめっちゃイジラレてましたが、ほんまに充実してるって思いました。
わたしたちくらいの齢だと、友だちと旅行なんていうの、なかなかないですもんね。
もうちょっと高齢になったらそういうのも増えてくるのかもしれませんけれど、わたしの友だちはみんなまだ子育て真っ只中だし。家庭持つと、どうしてもそっちが優先になりますから。
だから家族以外とひょろひょろ出かけてるのなんて、わたしくらいのもんですよ、たぶん。

ちなみに子どもは帰省せず、わたしは旅行にということでひとり残された夫は「俺は淋しい」を連発してました(笑)
ほんまは夫も一緒にって話も出てたんですけどね。気ぃ使わせたら悪いし、わたしも気楽だしってんで断ってたんですよね。
来年ももし新年会が開催されることになれば、是非って言ってくれてるので、もしかしたら来年は夫も寂しがらずにすむかもしれません。

楽しく勢いのある年明け。
さあ、今年も頑張ろう。

最後になりましたが、みなさま今年もどうぞよろしくお願いします。


            お天気にも恵まれ、絶好の旅行日和でした。


眉山で、あの、壁に天使の羽みたいなん書いてあるインスタのテッパンみたいなのがあって、3人で並んで写真撮ってもらいました。
しかしそこでH氏が一言。「あかん、これじゃキングギドラやん」

「キングギドラ」の画像検索結果

                                                                     
                                                                         ・・・ああ、確かに(笑)









                               





帰りはバスの時間が大阪組より一時間少し遅いのしかなかったので、お見送りしてからひとりで駅ビル地下のロッテリアで読書。
こういうとき、夫が一緒だと持て余すんだよなぁ、なんて思いながら。


来年も完成会&新年会できますように。
できればその前に授賞式に出られますように。
プロフィール

エム

Author:エム
半引きこもりの、モノカキのたまごです。

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